
【2回目フィリピンの記録】
前回(1月)は「ちょっと行ってくるか」くらいのノリのフィリピン(マニラ→プエルトプリンセサ→エルニド)
わたしが住もうとしている国はこんな感じ、というちょっとした確認だったなぁ、と今は思う。
今回は「リタイアメントビザ」の申請(メディカルチェックとかもある)をして、住むところの候補を周り検討、ビザが下りたら受領、というところまでの計画。
申請してから1ヶ月くらいはかかる、とのこと(しかも4月初めにフィリピンの大型連休がある)で、パスポートも預けているのでとにかく国外へは出られない。
一月にフィリピンに来る直前、
懸案事項だったビザ申請のための預託金の海外送金が思いがけず完了して、
ここでもわたしらしく、一筋縄ではいかなかったんだけど、、、
一筋縄でいかないなりのスムーズさがあったよね(どういうこと)
何かを手に握ったままでは新しいものは掴めない、ってことだよ、、、何事もね笑
それでね、送金してから向こうで着金の確認が取れるまで、
3週間から1ヶ月、ってことだったわけですよ。
もうね、全然わからないの笑
(エージェント契約は特急ではないので。10日でやる、というコースもある←高い)
「まあ着金確認きてからマニラ便をとるということでいいと思いますよ〜」
「そんなに慌てて進めなくても大丈夫ですよね〜」
とか電話でエージェントのKさんと話した二日後だかに着金確認の連絡きたんですけどね笑
(そんなもんよ笑)
それが2月の半ば過ぎくらいかなぁ。
確か1ヶ月強、っていうところ。
(前置き長いな)
それでなんだかんだと猫の2個目のキャットタワー買ったり、
娘にさっしーネックレス買ったり、
ネイルしたり、旅行用の消耗品買ったり、
冬物を実家に少し戻したり、
ゆるゆる過ごしながら三月上旬にまたマニラに向けて出発。
2026年2月末、世界に轟いたイランとイスラエルとアメリカの戦争。
Kyokoさん家でもサターンリターンによる人生のステージの変換(進化)によるちょっとした(ちょっとした?笑)混乱、
それと同時にドバイへの移住(リロケーション)の頓挫。
それらは今、わたしにも影響してるし(なんせ燃料不足により飛行機が飛ぶかわからん)
地球上のどこにいてもなんらかの影響は免れないだろうよ。
基本今年に入って娘のところに一旦引越しをして以来ニュース類をみていないので(テレビがない)
フィリピンに来てもなんともないわね、、、
そんなこんなで3月に入ってからマニラ入り。
マニラに4日ほど滞在して、ビザ申請関係をやる。
その間にエージェントKさんからの紹介の現地の方Jさんとも、Kさんを交えて一回ランチをする機会が持てた。
BGCに行けるようになったので、ラデュレカフェでお茶したり、フードコートでテイクアウトをしてみたりする。
このJさん、めっちゃ親切、というかなんだろう、面倒見の塊?
あと、なんか多分わたしが女ひとりでフィリピンに移住する(しかも英語とかもできんしな)状態なのを、どうもちょっと心配してくれてるっぽい。
Jさんはフィリピンの大学を卒業してから九州の大学へ留学し、
そのまま日本で就職したそう。
フィリピンでのコネクションからのオファー(日本でこういう事業やるから手伝って、とか)がけっこうあったらしく、色々やりながら今も日本とフィリピンを行ったり来たりしてる。
日本語もお上手。あと他にも何カ国語かできるみたい。
今回は、マニラからプエルトプリンセサへ移動(これは前回と同じ)し、
そこで合流してから陸路で候補地のポートバートン→エルニド→プリンセサまでご一緒してもらった。
Jさんは4/6のピュアジェネレーターなんだけど、マジでタフだわよね。
プリンセサ→ポートバートンへは彼のお友だちもご一緒してくれたんだけど、
(このお友だち、建築のデザインとかしてるそう)
二人はビジネスパートナーでもあるので、わたしの物件見たり探したりしながらも、アコモデーション(宿泊施設)の話を常にしている。
一石二鳥って感じになっているなら我も安心であるよ笑
ポートバートンで3軒(後にもう一軒追加される)
エルニドで2軒見てきた。
ポートバートンはエルニドの次に来る(発展する)街と言われているところで、
とてもコンパクトで、徒歩でも普段は生活できそう。
海も徒歩で行ける。
エルニドはそれに比べると広い。
そして超観光地。
誰か来た時とかはエルニドの方が楽しんでもらえるかもしれない。
ポートバートンは、着いてから宿探ししたり(結構満室w)
のんびり歩いて街を紹介してもらったり、
歩けばJさんの友達や知り合いに当たる、って感じ。
顔が広いのねぇ(←顔が広かったことがないわたしの感想)
フィリピン風?にその日獲れた魚介類を焼いてもらったり、
イタリアンを食べたり、おしゃれカフェで朝食を食べたりもした。
エルニドへはバスで陸路。約4時間くらいかなぁ。
これは結構普通にバス(バンではない)で、くねくね道を爆走している時、
なんかめっちゃメランコリー来た。
言語化が難しい現象なんだけど、なんか涙が出たりするわけ。
でも悲しいとか寂しいとかではない。
そういう感情的なものではない、なんかグレイスな涙、というのが1番近い感じかもしれん。
魂のメインストリーム爆走、って感じね笑
エルニドでも1日目の宿は着いてから探す笑
4軒くらい回って、別々の宿にした。でも真向かい同士。
夜はエルニドタウンで韓国料理。
前回はホテルから出なかったので、新鮮な気持ち。
エルニドタウンは賑やかで、色々な国のレストランやマッサージ店やお土産屋さんなどがひしめいている。
日本料理の店もある(エルニド最終日に食べた)
夜の海も見たし、それなりに暑いけど楽しかった、かな。
途中、Jさんの知り合いのカップル×2に会い、その中のひとりは日本にいたことがあって日本語が話せる人だった(しかも横浜の元町。インターナショナルスクールかも?)
その日のわたしの部屋は、わたしひとりなのにベッドが四つもあった笑
(ドミトリーにもできるんだと思う。廊下にロッカーあった)
朝はこれまたおしゃれブレックファーストで、エッグベネディクト(サーモンチョイス)
Jさんお気に入りカフェ。
そっかー、PCからはスレッズのエルニドアカウント設定してないのかー(なんか主に食べた記録と化している)
その後はチェックアウトしてホテルを移動。
わたしは元々Jさんが予約していたLioのホテル(高級)を譲ってもらった。
Jさんは友達のヴィラに誘われているから、とのこと。
その日はLioビーチや、その他のビーチを案内してもらった。
よりレアな海へと人は移動していく。
そうして開発されていくのだ。
と言っても、、、
世界情勢みると観光場はしばらくだめかもねぇ
特に海外からの観光客相手のところは。
Lio地区は、飛行場を中心にホテルなど街が形成されてる。
高級リゾートっぽい感じのところ。
エルニドタウンは、空港からは少し離れてるんだよね(トライシクルなどで15〜20分くらい)
今はシーズンなので飛行機取るのも大変なんだけどね。
しかも燃料問題があるので国内便は特に減る模様。
Lioのホテルでランチしたり、
グループセッションの日があったり、
平穏な日々を過ごす。
最終日はグループセッションを定時で上がらせてもらって、
Jさんと、友達の息子さん(多分6年生くらい?)と一緒にエルニドタウンで夕ご飯。
(この日もJさんは朝から仕事でどっか行ってたらしいっす)
お友だちのジョディさんはエステをやってる人で、
シングルマザーらしい。
そしてなんと、ポートバートンに貸し出せる家があるとかで、
そこも急遽候補に入った笑
でも見てないからなんとも言えないよね。
別れた旦那さんが時々使ってるとかなんだけど、貸すなら追い出す、とのこと笑
次はフェイシャルとかやろうね、と言っていた。
3泊して、早朝にプエルトプリンセサに向けてバンで出発するために、
まずはJさんの泊まってるホテルへトライシクルで移動。
朝早くて朝食が食べれないのでボックス&お水(これが瓶入りでオサレ)をもらう。
(でも一回それを忘れて出てしまい、戻ってもらった笑)
何箇所かホテルとか周って乗客をピックアップして、
それが1時間半くらいはかかったかな〜満席でエルニドを後にした。
途中一回休憩。
トイレとかちょっとご飯食べたり、シェイク飲んだり、それぞれで。
わたしは食べる気がしなくてバナナチップスとコーラ(ジャンクやな)
エルニド→プエルトプリンセサ、山道を爆走で早かった(多分4時間くらい?)
わたしの隣の親子は途中の村で降りて行った。そういうのもOKなんだね。
でね、ホテルまでバンで行ってもらうことになってたけど、
なんかアクセサリーなどを扱ってるようなお土産屋で止まったのよね。
よくあるでしょ、そういう契約みたいので連れてかれるやつ、観光タクシーとかで。
予定になかったはずなのに、そういうのだったらしくて(わたしは言語がわからんので←タガログ語)
Jさんお怒りモードで、そのまま降ろしてもらった。
ホテルまであと少しってことろで、レンタカーを頼んでいたらしくてそれを持ってきてもらったわけですな。
ホテルにチェックインして、わたしはそのままのんびりしておりました。
まずは一泊。
Jさんは仕事があるとかで、夜は一緒にご飯食べましょうって話だったけど、そのまま連絡なかったのでお忙しかったっぽい(働きすぎ)
そしてJさんはマニラへお帰りになった。
わたしはJさんがいつも泊まってる広い部屋にチェンジしてもらい、
本日から個別セッションDaysです。
もう3月も終わりだねぇ。。。
今年もあっという間に終わりそうだね。
やすみ